2025.11.16
ロック大陸漫遊記
TOKYO FM
「11月3週目」
今運転中にカーラジオで運転していらっしゃる方、「ちなみにその車、オートマ? マニュアル?」。
今はほとんどがオートマで、「オレもマニュアル車って、20年以上運転していないか」。
草野くんが25年くらい前に訪れた沖縄の離島で、民宿の車を自由に乗ることができたそうで、「借りて運転したらマニュアル車だった。それが最後かな」と。
草野くん世代が免許をとったとき、「まだオートマ限定ってなくて、免許とるときに結構苦労した」。
それを考えると、「マニュアル車に乗らないのはもったいない気がしちゃう。若いころはバイト先でマニュアル車を運転していたし、バンドの機材車もマニュアル車でした」と。
でも急にマニュアル車と言われても、「運転できるのかなという不安もあるし、渋滞に巻き込まれたりすると、マニュアル車って膝に負担がかかるんですよね」。
でも50代以上のおじさんの中にはマニュアル車にこだわる人もいる。
草野くん自身はとくにこだわりはないから、「今後マニュアル車を運転することはないような気がするが、そのうちみんな自動運転になる・・・そんな未来が来るかもしれない」。
最後に、「オートマ車でもマニュアル車でも、安全運転でお願いします」。
そして今日は、ワンアーティスト特集、【シンディ・ローパーで漫遊記】。
80年代のアメリカンポップスを代表するシンガー。
草野くんは今年のフェアウェル・ツアーを体験して、「ものすごい盛り上がったので、今年中に特集したいなと思っていました」。
オンエアリスト
01 灯を護る(スピッツ)
02 Girls Just Want to Have Fun(Cyndi Lauper)
03 Maybe He'll Know(Blue Angel)
04 Time After Time(Cyndi Lauper)
05 The Goonies 'R' Good Enough(Cyndi Lauper)
06 True Colors(Cyndi Lauper)
07 I'm Gonna Be Strong(Cyndi Lauper)
08 80's Dream(MAKE-UP)
漫遊前の一曲は、スピッツの「灯を護る」(2025年、47thシングル)。
「ひさびさに新曲出したのに、まだ一回しかかけていなくて、どうなの?(笑)と思ったので」
(言葉を知っていくたびに、祈りが伝わります。「せいいぱ~い♪」がなぜかかわいい)
漫遊最初の曲は、Cyndi Lauperの「83年の代表作」、「Girls Just Want to Have Fun」(1981年、デビューアルバム『She's So Unusual』)。
(80年前半は個人的に忙しくて音楽に触れる時間が少なかった私でも思い出せる楽曲! 閉塞的な日々を思い出せる・・・)
この曲で大ブレイク。
リリース当時、「ハイスクールはダンステリア」という邦題がついていた。「リアルタイムでシンディーの曲を聴いていた人には馴染みのあるタイトルかも。オレもそうです」
でもあまりに歌詞のイメージと異なるということでNGとなる。実際には、「女の子だって、束縛されずにもっと自由に楽しみたいんだよ」という女性解放がテーマ。
レコジャケのシンディーさんも、「派手な衣装に素足で、自由を表しているんだと思う」。

ネットの情報によると、この邦題がシンディーさんの耳にも入って、「ちょっとそのタイトル、ないんじゃない?」というダメ出しがあったとか。
シンディー・ローパー(Cyndi Lauper)について。
本名は、シンシア・アン・ステファニー・ローパー(Cynthia Ann Stephanie Lauper)さん。
1983年6月22日、ニューヨーク、ブルックリンで、スイス系ドイツ移民の父親と、シチリア系アメリカ人の母親の間に生まれる。
12歳ごろから、ギターで曲作りを始める。
17歳のとき、学校や家庭に馴染めずに家を出て、しばらくはヒッピー的な放浪生活も。
ウェイトレスなどバイトをしながらボイストレーニングを重ね、歌手を目指す。
1978年、Blue Angelというバンドを結成。
次は、「このBlue Angelというバンドの曲」、「Maybe He'll Know」(1980年、唯一のアルバム『Blue Angel』)。
ソロでデビューしたときはすでに30代だったから、「下積みの長い方」。
Blue Angelは、ロカビリーテイストなポップなロックバンド。「歌い手としてのシンディー・ローパー節はすでに確立されている」。
「年代によって歌い方が異なる」ということをロニー・ディオさんの特集(ココ)で触れたが、「シンディーさんは基本スタイルが揺るがない!という感じがあります」。
(パンチがあって、チャーミング! 朝に聴いてるんだけど、気分が上がりまくる)
曲終わりで。
彼女の2ndアルバム『True Colors』には、Doo-wop調のセルフカバーバージョンが収録されていて、ビリー・ジョエルがバックコーラスで参加している。
草野くんとシンディー・ローパー。
80年代のころの草野くんは、「リアルタイムで流行っている洋楽を毛嫌いしていた、思春期のイタイやつだった」。当時全盛期だったシンディー・ローパーのファンだった友人もいるので、曲を耳にはしていたが、「ちゃんとシンディーさんの曲を改めて聴くようになったのは、結構あとあとのこと」だった。
東日本大震災のとき、洋楽アーティストの来日が次々に中止になる中で、「今こそ日本に行かないと」と来てくれて、「ただ派手でエキセントリックなシンガーってわけじゃないんだ」と感じた。「恥ずかしながら誤解してたんだな」
次の曲は、「彼女のバラード系代表曲か。名曲だと思います」、「Time After Time」(1984年、2ndシングル/1981年、1stアルバム『She's So Unusual』)。
(私の中でスタンダードだなあ)
曲終わりで、「のちにThe Hootersを結成するロブ・ハイマンさんとの共作」。
USA for Africaとシンディー・ローパー。
1985年の「We Are the World」で勢ぞろいした一流の「すげえシンガーたち」の中にあって、「その歌声の独特さも際立っていた」。
以下は、よく語られるエピソード。
シンディーさんが歌うときにノイズが入るが原因は何?とざわつく中、「実際には彼女がジャラジャラつけていたブレスレットやネックレスの音だった」という「お茶目な迷惑エピソード」もある。「すごいシンディーさんらしいな、と思いました」と。
次の曲は、「The Goonies 'R' Good Enough グーニーズはグッド・イナフ」(1985年、7thシングル/1985年、映画『The Goonie』のサントラ盤に収録)。
映画『グーニーズ The Goonies』のテーマソング。
でも「オレ、この映画、見てないんだよね。ぜひ見てみたい」。曲は、「めちゃめちゃポップで、元気なナンバーで大好き」。
メッセージコーナー。
「アスリートを性的な目で見るのはどうなの?」という議論があるが、「ロックバンドの場合はどうなんでしょうか?」という、リスナーさんが「最近気になること」。
「セクシーだ、などと言われることは、バンドマンにはうれしいこと? それともあまり言われたくないこと? こちらは褒め言葉でも、イヤな思いをさせたくはない。草野さんは??」
「ステージに立つようなミュージシャンや役者さんのようなパフォーマーではほとんどの場合、セクシーとみられることを引き受けている人が多いとは思う」
でもスピッツに関しては、「セクシーとはかけ離れている気がするので(笑)、『セクシーですよね』と言われたら、『えええーー』って言っちゃうかもね」。
でもアスリートに関しては、「美しい方ももちろんいらっしゃるけど、見た目メインの世界じゃないし、少しでも良い成績を残すために普段から鍛錬されている」。
でもフィギュアスケートなどは表現が評価の対象となるので「パフォーマーでもあるから、少し違ってくるけど」。
なので、「線引きもすごく曖昧で、時代によってもどんどん変わってくるのかも」。対象がアスリートのときもアーティストのときも、「心の中で『あの人、セクシーだな』と思っても、口に出すときは立ち止まって、よく考えてから発言しましょう、って感じかな。いったん咀嚼してね」。
シンディー・ローパーに影響を受けたシンガー。
80年代のポップアイコン的な存在だったから、彼女に影響を受けた人も多い。
レディー・ガガ、ケイティ・ペリーは実際に「影響を受けた」と公言している。
草野くんは、No Doubtを最初に聴いたとき、ボーカルのグウェン・ステファニーが「わー、この人、シンディー・ローパーっぽいな、と思いましたよ。ご本人は公言されていないが、結構影響を受けているのでは?」。
そして次は、「結構大人気の曲」、「True Colors」(1986年、2ndアルバム『True Colors』)。
歌詞が「聴く人を元気づける内容で、SMAPの『世界に一つだけの花』みたいな歌かな。自信を失って追いつめられても、私はあなたが持っているホントの色、あなただけのステキな魅力を知っているからね、という内容」。
「すがすがしいほどにストレートな応援歌、そしてラブソング」
10年前に来日したときに、「ホントの自分を見せて」と日本語でプリントされたグッズTシャツがあって、「それ、買ったもんね」。
youtu.be
(シンプルな英語で、とてもストレートに迫ってくる)
そして漫遊最後の曲は、「Blue Angel時代からのレパートリー」、「I'm Gonna Be Strong」(1994年、初のベストアルバム『Twelve Deadly Cyns...and Then Some』/オリジナルは、1963年、Gene Pitneyの大ヒット曲)。
カバー曲だが、かなり彼女なりのアレンジがされていて、「聴き比べてもおもしろいかも」。
来日公演でも、「いつもちゃんとセトリに入っているし、コンサートのハイライト的なナンバー」。
曲の後半の結構なハイトーンに、いつも「シンディーさん、すごいなあ。ずっとついていきます」的な気持ちになる、「スペシャルな曲」。
歌詞の内容は別れの曲なので、「ついてこられても困る、って感じかも」。
曲終わりで、「シンディーさんの、枠をはみ出すような歌声に、すごくロックを感じますね」。
特集の最後に。
シンディーさんは、「日本びいきのアーティストなので、よく来日されていた」。
今年のツアーが「実質引退ツアー」ということで、「すごく残念だった」。
でもコンサートツアーからは引退だが、音楽活動自体は継続するということで、「末永くお元気でいらしてください」。
今日の「ちょっぴりタイムマシン」は、MAKE-UPの「80's Dream」(2009年、再結成後のアルバム、通算5thアルバム『The Voice From Yesterday』)。
(イントロは、「エスカルゴ」。ライブで盛り上がる)
MAKE-UPは、80年代から活動してきた、「日本を代表するポップなハードロックなバンド」。
草野くんは、「高校生の頃、一度だけライブを見たことがあります。ボーカルのNoBさんの歌がメチャメチャうまくて、声量のあるし、圧倒された記憶がある」と。
のちに、山田信夫さんとして、「実力派のシンガーとしても活躍」。
ところが、今年の夏、バス停でバスを待っているときにスマホで彼の訃報を目にした草野くん。自分とそれほど年齢も違わないのに、とショックを受けたという。
そして改めて、MAKE-UPや山田さんの音源を聴いて、「やはりすばらしい歌声」。そのなかでもわりと新しい曲で、「グッときたので」と。
(声も本当にステキだ。サブスクで聴いてみよう)
そして来週は、「ライトハンド奏法で漫遊記」。
エレキギターの奏法しばりの回。
これまでも、「チョーキングビブラート」(ココ)、「ブリッジミュート」(コチラ)などで、エレキギター奏法で漫遊している。
「ライトハンド奏法」は、1978年、エドワード・ヴァン・ヘイレンさんの登場とともに一気に普及した奏法の一つ。
「右手左手両方の指を使って、ネックの上で弦をはじく・・・、説明だけではわかりにくいと思いますが、今ではタッピングと呼ぶようになった」
「われわれ世代が『ライトハンド奏法』と呼んでいたタイプのフレーズが入ったナンバー」で漫遊。
(スピッツで言えば、あの曲?)
「草野さん、そろそろタメ語で話そうよ」
(え、いいの?って感じですか??)